キンタメ

『青春の蹉跌』 石川達三

全共闘世代の青春小説

 

 『青春の蹉跌』は1968年発表された石川達三の小説。実際に起こった事件を参考にされている。まさに一人の青年の「青春」の「蹉跌」を描いた作品。実際に起こった事件をモデルにしたと言われる。

 1968年は世界中で学園運動がピークを迎えてきており、運動は暴力的になっていった頃である。作中でも学園運動の話が出てくるが、いかにも全共闘時代らしい重くて暗い雰囲気、少々古臭さも感じる。それだけに当時大ヒットしたというのもうなずける。 

 しかし主題は現代でも通用するものだと思われるので、時代背景を今風にアレンジして映像化すれば面白い作品ができるかもしれない。

 

 著者の石川達三は『蒼茫』で第一回芥川賞を受賞している。この賞が欲しくてたまらなかった太宰治は受賞を逃すと逆ギレし、選考委員の川端康成を「刺す」とまで思ったというのは有名な話。

 

あらすじ

 

 私大の法学部に通う江藤賢一郎はアメリカン・フットボール部に所属する頭脳明晰で成績優秀な学生だ。学生運動とは距離を置き、司法試験合格を目指し勉強中である。

 貧しい家庭に生まれた賢一郎は何が何でも勝ち組の人生を歩んでいきたいのだ。

 努力の甲斐あって在学中に試験に受かった賢一郎に、資産家の伯父・田中栄介の娘康子との縁談が持ち上がる。康子と結婚できたら、将来はより約束されたものになる。野心的で打算的な賢一郎の理想の人生まではあと一歩。

 

 頭はいいが金銭的に恵まれていない賢一郎は、家庭教師をして収入を得ていた。教え子だった大橋登美子が短大に合格してから二人は恋人のような間柄になる。

 この早熟な元教え子と関係を持った賢一郎だが、自分のキャリアに何のメリットもない登美子に対して愛情はない。身近な女性に手っ取り早く手を出しただけの遊び相手以上の感情はない。

 一方で登美子はまんざらでもないようでなんだかんだ接触してくる。あくまで康子と一緒になって出世を狙う賢一郎にとって登美子の存在が次第に疎ましくなった。早いとこ関係を切ろうとするが・・・。

 

身勝手な秀才 

 

 自らの出世の妨げになるようなエリートの話といえば森鴎外の『舞姫』を思い出したのだが、本編の主人公は『舞姫』の主人公・太田豊太郎のような迷いが一切ない。

 豊太郎もエリスに対してずい分冷たい仕打ちだと思ったが、賢一郎の身勝手ぶりはそんなもんじゃない。

 秀才が陥りやすいことなのか、周囲の人たちを常に見下しているのだ。すでに妻子がいるのだが、司法試験に落ち続けている従兄や運動をやってる同世代の学生たちを内心ではみくだす。

 成績はいいのかもしれないが、自分だけが選ばれた人間だと勘違いして他人への思いやりがまたっくない。勝手な理屈で何も自分の都合のいいように考える。

 もしかしたらそのキャラクターは豊太郎というより『デス・ノート』の夜神月に近いのかもしれない。

 

  あまりの身勝手さに腹が立つほどなのだが、なぜか賢一郎にシンクロする瞬間もあり、出世の道の邪魔になる要素に苛立つ気持ちも理解できる。

 場面によっては登美子にも鬱陶しさをかんじるが、実は彼女もかなり打算的なところがあって、最後には驚愕の大どんでん返しが用意されている。

 

 その他の登場人物で本命の康子も恋人というより出世の道具くらいに考えているのか存在感がない。が、将来有望でヴィジュアルもイケてる賢一郎に満足している彼女もこれまた打算的である。

 そして一番の味方である賢一郎の母親は息子のために生きてるような女性でいつも息子の幸せだけを願っているが、皮肉にもその強い思いが息子を追い詰めていく。

 

現代の蹉跌

 

 『青春の蹉跌』は若い頃誰もが感じるような不安と過信をエリート候補の賢一郎の視点で描いた青春小説の傑作だろう。物語は悲劇的な結末を迎えるが、身勝手な賢一郎に腹を立てながらも共感するところも多いのではないだろうか。

 舞台設定は古いが、現代の若者にも訴える部分があるだろうし、読み物として十分楽しめるだろう。できれば若いうちに読みたい一冊である。