キンタメ

ボニーとクライド 『俺たちに明日はない(Bonnie and Clyde)』

俺たちに明日はない

 

 『俺たちに明日はない(Bonnie and Clyde)』は1967年に制作されたアメリカ映画。アメリカン・ニュー・シネマの最初の1作。

 1930年代大恐慌時代に実在した銀行強盗のカップルの出会いから死までを描いた犯罪映画。

アーサー・ペン監督作品。主演はウォーレン・ベイティフェイ・ダナウェイ

 

      f:id:kinta-kk:20180530092122j:plain

 

 実在のボニーとクライド 

 

 映画の主人公、クライド・バロウとボニー・パーカーは1930年代にアメリカ中西部で犯罪を繰り返した。強盗だけでなく殺人も犯した凶悪な犯罪者なのだが、金持ちからしか盗まないスタイルが大衆の共感を得た。実際彼らを匿った罪で起訴された者も少なからずいたようだ。

 現在でもアンチ・ヒーローとして人気が高く、何度か映画・舞台化されている。

 

 子供の頃から粗暴だったクライドは学校嫌いでサボリの常習だった。16歳で窃盗で逮捕された後も犯罪を繰り返し、少年時代から刑務所に入れられる札付きだった。 

 出所後も懲りずに強盗を繰り返しやがてボニーと出会う。ボニーが興味を持った足指の欠損は刑務所を短期で出所するため斧で切り落とした。

 

 ウエイトレスをしていたボニーは勉強はよくできる子どもだったのだが、相当気が強く怒らせると手が付けられないほどだった。

 どうも「ワルそうな男」に弱いようで、それが彼女の運命を左右する。十代の時結婚した相手も銀行強盗で刑務所送りになっている。

 夫と破局後に出会ったケチな犯罪者・クライドに魅力を感じ一目惚れしたばっかりに、悲劇的な生涯を送ることになった。

 ボニーとクライドには他に仲間もいて、犯罪者一味「バロウ・ギャング」を率いて強盗や殺人を繰り返した。

 義賊的なイメージがあり支持者もいたが、特に貧乏人の味方だったわけではなく、自分の利益のために盗みを働く単なる凶悪犯だったように思う。

 

映画のボニーとクライド

 

 『俺たちに明日はない』は映画用に設定の変更が多少はあるが、ボニーとクライドの半生はおおよそ史実通りに描かれている。

   

 クライド役はハリウッド一のプレーボーイ、ウォーレン・ベイティ。制作当初はプロデューサーだけだったが、役者が決まらず結局自分でクライドを演じることになった。予想外の大ヒットでベイティはプロデューサーとして大金を手にした。

 

 ボニー役はまだ駆け出しの女優だったフェイ・ダナウェイ

 映画が公開された1967年当時はミニ・スカートが流行していたが、ボニーのファッションはマキシ・スタイルだ。若きフェイ・ダナウェイはバッチリ着こなしていてとてもチャーミングだ。

 世界中から集められというボニーのベレー帽と共にボニーのスタイルは大流行したらようで、映画はファッションにも大きな影響を与えた。 

 彼女の出世作で、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。

 

衝撃のラスト・シーン

 

 凶悪犯が犯罪を繰り返すという内容の割には暗さはあまり感じられない。なにか二人の明るい未来が待ってる青春映画を観てるような気になる。破滅に向かって突っ走っている後がないカッコよさに熱くなるのだろうか。

 

 ラストは映画史に残る衝撃的なシーン。『スティング』や『猿の惑星』なんかもラストでびっくりさせられるけれども、それとはまた種類の違う衝撃だ。

 警察に追われる身のバロウ・ギャングは仲間の父親の密告で遂に最期を迎えるが、そこに至るまでの流れが秀逸。

 実はオチが分かっていて観たがそれでも十分に驚いたシーン。小さな子供にはあまり見せない方がいいようなショッキングな映像。のどかな田園でのシーンが不吉な無音の後に一転、ボニーとクライドは何十発の銃弾を撃ち込まれて絶命。そしていきなり「THE END」。

 余韻もなく終わり呆然。なんか突き放されたような感じ。

 やはりアメリカン・ニュー・シネマの代表作『明日に向かって撃て』と結末は同じだが、こちらは撃たれるシーンは描かれていないので鑑賞後の印象がずい分違う。

 

俺たちに明日はない』の時代

 

 『俺たちに明日はない』が公開された1967年の夏は「サマー・オブ・ラブ」と呼ばれる時代。ベトナム戦争に反対する多くの若者が立ち上がり、あちこちで反戦集会が開かれた。

 ロックが時代のBGMとなり、ミュージシャンは若者たちの代弁者になった。6月にはモンタレー・ポップ・フェスティバルが開催されて新たなロック・ヒーローも誕生した。

 ボニーとクライドの無軌道な生き方は、時代を超えて反体制的な若者たちの共感を得たのだろう。日本の大学生が『唐獅子牡丹』の高倉健を圧倒的に支持したように、誰もが若い頃に感じるアウトローへの憧れもあるだろう。

 

 以降アメリカン・ニュー・シネマという一つのジャンルが人気となるが、しかしどれもアン・ハッピー・エンドだ。当時の若者たちは、結局幸せになれない主人公に自分を重ねていたのだろうか。それとも自分は違うと思い純粋に映画として楽しく観ていたのだろう。