『源氏物語絵巻』と『信貴山縁起絵巻』
平安時代の絵画
平安時代に生み出された高級貴族の邸宅である寝殿造りは、内部を細かく区切らず広い空間を持つのが特徴のひとつである。そのためそこでは仕切りや防寒の必要から襖や屏風などが多用された。そしてこの広い平面を有する襖や屏風を飾り立てるための絵画が発展した。
やまと絵 日本独自の表現
日本の絵画の歴史は長い間中国の絵画から大きな影響を受けてきが、九世紀末頃から日本独自の表現が登場する。これを中国的な絵画、唐絵に対してやまと絵と呼ぶ。当初やまと絵は技法的にはまだ唐絵と変わりなく、その違いは主題だけであったのだが、徐々に日本人らしい叙情的な作品が描かれるようになっていったと思われる。
技法的にも日本独自の表現を確立したやまと絵は、つくり絵といわれる薄墨の下図に岩絵の具で厚く塗った様式化された女絵と線描が主でありさらに彩色を施した男絵とに分けられる。
ここでは対照的な作品『源氏物語絵巻』と『信貴山縁起絵巻』を例にもう少しくわしく平安時代の絵画を見ていきたい。
傑作絵巻
『源氏物語絵巻』と『信貴山縁起絵巻』はともに国宝であり、『伴大納言絵詞』『鳥獣戯画』と合わせて日本の四大絵巻と称される絵巻の傑作である。しかし『源氏物語絵巻』と『信貴山縁起絵巻』はほぼ同じ時代の絵巻でありながら多くの差異があるため、各々の作品の表現的な部分を見ていく。
『源氏物語絵巻』
『源氏物語絵巻』は十世紀末頃に書かれた世界初の長編小説『源氏物語』からおよそ百年後、十二世紀前半頃に藤原隆能によって描かれたと伝えられる。
源氏物語のいくつかの場面を絵で表し、横には詞書というその場面を説明する文章が添えられている。現在はそれぞれの場面が独立した形で保存されているが、元々は天地二十一センチ程のひとつの絵巻であった。しかし絵巻ではあるが内容につながりは無く、各場面を一枚の絵巻したものである。
やまと絵は和歌の内容を絵にすることで成立したが、和歌だけでなく物語も読むだけでなく絵を見ながら楽しみたいといった要望から制作されたと思われる。
技法的には濃厚な彩色のつくり絵でいくつかの特徴を持つ。まず登場人物の表情は引目鈎鼻と呼ばれる面貌表現である。目は限りなく細く下まぶたは省略されており、鼻は一本の線で「く」の字形に描かれ、うりざね顔の類型化された表現である。わずか親指大の顔に細密に描かれた画面は、作者の驚異的な技量が伺える。
構図は屋内をななめ上から見下ろす独特のものである。屋内の様子は一部壁や天井が省略された吹抜屋台で描かれているため、本来は見えない部屋の内部が映し出され平安貴族たちの私生活が垣間見られる点でも貴重な作品である。制作から九百年を経てオリジナルの絵巻は絵の具の剥落が激しく完成時の色彩は失われてしまったが、今世紀に入り当時の色彩をできる限り再現したレプリカが制作され、平安時代の艶やかな絵画の雰囲気を現代に伝えてくれる。
『信貴山縁起絵巻』
一方の『信貴山縁起絵巻』は『源氏物語絵巻』よりやや遅れた平安時代後期の作品だと思われるが、成立年は不詳である。作者は鳥羽僧正郭夕という説もあったようだがこれも不詳である。この作品は九~十世紀に実在した信貴山護孫子寺の中興の祖、命連上人にまつわる説話を絵巻にしたものである。絵巻は、一部〈飛倉の巻〉二部〈延喜加持の巻〉三部〈尼公の巻〉の三巻からなる平安世俗画の最高傑作のひとつとされる。
その表現は流れるような勢いのある線を中心とした男絵であり、その線の筆致の巧みさ、デッサン力は天才的で寺社所属の絵師の熟練した技であろう。人物は躍動感あふれる描写で、その表情はとても感情豊かである。色彩はつくり絵のような濃厚さはないが的確で繊細な日本的な色使いだと思える。
『信貴山縁起絵巻』は絵画的な完成度の高さだけでなく、絵巻の特性を十分生かした構成によって傑出した作品となっている。
絵巻とは左手で開き右手で軸に巻き取っていくために、画面上の時間は左から右に流れていく。これ流れを利用することで絵に時間の経過という動きを与えた。巻物を開き、巻くことで目の前の絵が動いていって話が展開していく様は、現代のアニメーションに通じるといわれる程画期的な手法である。日本のアニメ-ションは世界的に評価が高いが、日本は昔からこうした作品を制作していた歴史があったのだ。
時代背景
こうして対照的な二つの作品を比較しながら平安時代の絵画を見てきたが、最後に制作当時の時代背景にも触れてみたい。
平安時代中期、天皇の外祖父として藤原家が政治の実権を握り、藤原摂関政治が始まった。
貴族を中心とした華やかな宮廷文化が生まれ貴族たちの政治とは教養を深め歌を詠むことであった。こうした中『源氏物語』は書かれた。『源氏物語絵巻』は雅やかな貴族社会がうかがえる。しかし実用性の低い貴族の政治体質は摂関政治を低迷させ、新興の武士の台頭を促した。
やがて平安時代も末期になると藤原時代は終わり院政期へと移行する。
『信貴山縁起絵巻』はこの時代に描かれた作品で、ここで見られる動きのある力強い画面は院政文化のものである。やがて貴族は没落して政治の実権は武家のものになり幕府が成立し武家社会の時代になる。
二つの作品を通して理解できたのは、当時の絵師たちの驚くべき技術力と、二つの相違点は時代的背景が密接に関連していたということであった。